シーモアさんという音楽2016/10/10 18:15

「シーモアさんと、大人のための人生入門」

http://www.uplink.co.jp/seymour/

という映画を観てきました。

素晴らしい演奏家でありながら、50歳のときに(絶賛されていながら)演奏活動をやめ、以後ずっと(映画の時点で37年、そして今も)教師に徹しているピアニスト、

シーモア・バーンスタインさんのドキュメンタリーです。

 

まず、彼の演奏が、すごい。

心の襞の奥深くに隠れているものたちが、やさしく引き出されて愛撫してもらえるような、

あるべきものが、あるべきように存在させてもらっているような。

そして、彼の語る声と言葉が、非常に心地よくしみ入ってきます。

彼の教え子たちはもともとかなりレベルの高い人々なのですが、

アドバイスを受けて、演奏が見事に変わるのも壮観です。

 

もう一つ、なぜか強く感じたのは、人々の声の印象でした。

シーモアさんは、ある意味で恐ろしい人です。

ゆるぎなくどっしりといる彼の前にでると、

人はみな、自分の周りにまとっているものをあぶりだされてしまうようなのでした。

彼と何を語りあったか、ということよりも、

どんな声で語ったか、ということによって、

よりはっきりと。

 

サティシュ・クマールさんのドキュメンタリーを観たとき、印象的だったものの一つに、

大切なのは、何を「する」か(Doing)ではなくて

どう「ある」か(Being)

という言葉がありました。

頭ではわかっているつもりだったそのことを、

はっきりと 見せてもらった気がしました。

 

シーモアさんは、「自分の存在を、自分の音楽と一致させたいのだ」と言っています。

だから彼は、演奏が思うようにいかなかったときは4時間だった練習時間を8時間にしたそうです。

でも、練習にあまり時間を取られると自分自身の創作に割く時間がなくなってしまうので、演奏活動をやめたのだそうです。そして、創作をすることで、他の作曲家の作品を演奏することも以前より良くできるようになった、と語っていました。

そんなシーモアさんを見ていると、

何かを精一杯、全身全霊で「する」ことでしか「ある」ことのできない自分

というものがあるのだな、と思えてきました。

自分自身であるために、

シーモアさんにとっては、一人きりの、静かな暮らしが必要だったし、

演奏活動を通してではない形で音楽とかかわることが必要だった、

ということのようでした。

 

音楽のオイリュトミーをするとき

その音楽をどこまでも聴きとろうとするのですが、

その時に大切なのが、「無音」です。

音の中にある無音が聴けないと、本当にはその音楽が聞こえてきません。

彼の声がとても心地よく、深く心に入ってくるのは、

言葉が、とてもゆっくりと丁寧に語られるということもあると思いますが、

ひょっとしたら、

音楽の中にある、その「静けさ」が、

彼の声や、彼のあり方の中にまで浸透しているせいかもしれません。

彼はやはり、音楽になってしまった人なのです。

 

そして彼は、

曲の中の一つ一つの音符を奏でるときと同じように、

他人を受け止め、響かせます。

真摯に、誠実に。

生徒たちの演奏が劇的に変わるのも、

このドキュメンタリーを録った俳優のイーサン・ホークが救いを感じたのも、

きっとそのためだったのでしょう。

 

すごい人と出会ってしまいました。

 

 

 

 

 

*タイトルについて

原題は”Seymour: An Introduction”です。おそらく、サリンジャーの「Raise High the Roof Beam, Carpenters, and Seymour: An Introduction Stories大工よ、屋根の梁を高く上げよ―シーモア・序章」から取ったのでしょう。私も映画を観る前はそうでしたが、確かに、シーモアと聞けばシーモア・グラスを連想するファンは多いでしょう。それだけに、わざわざそんなタイトルにしなくてもと思いました。二人はあまりにも違います。ただ、「細やかな感受性を持ち、誠実、叡智があって、一つのことを深く追及している愛らしい変わり者」というふうに特徴を言葉にしてみると、共通だという考えも成り立つかもしれないのですが。 

それを別にして言葉の意味そのものだけを考えると、このAn Introductionは、いろんな意味を含んでいて、なかなかいい感じもします。そのニュアンスを日本語にするのは難しかったのでしょうか、日本語タイトルは、かなり残念な感じです)

 





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