学年末の参観日でした2020/03/19 19:40

一昨日は、自主学校「遊」の、

オイリュトミーの学年末授業参観日でした。

 

こどもたちがのびのび動けるように、

一般公開の「発表会」はせず、

毎年、親御さんや専科の先生方だけが観客の、

授業参観という形にしています。

そのため、このような時ですが、迷わず開催しました。

問答無用でクローズする公的機関も多い中、

「自粛をお勧めしていますがどうされますか?」と尋ね、

希望すれば開催させてくれるホールに感謝です。

 

 

緊張しまくっていた私をよそに、

こどもたちは、のびのびとよく動いてくれました。

オイリュトミーをしているときには、

その人の本質的な部分が出ると思うのです。

もちろん、見る人が見れば、という部分もありますが、

その人その人の特徴、癖や、

いまどの段階にいるかということが、

はっきりと見えます。

私が、授業でいつも見ている姿なので普通だと思っている様子が、普段の姿しか見ていらっしゃらない親御さんたちには新鮮だったりすることもあるようで、

参観後に感想を伺って、逆に驚いたりもしました。

 

それにしても。

こういう節目の時に振り返ると、

子どもたちの成長が素晴らしくて、本当に感動します。

この頃は、

こどもの「伸びていく力」を信頼する、ということが

体感としてわかってきた感じがしています。

 

今年度は、

けっこうやりたいことができたと思っているのですが、

終わってみると、細かいところでおろそかになっていた部分に気づいたりもします。

反省を元に、来年度はもっとしっかりやろう!

と、学年末を前に、すでに張り切っています。

 



          やさしい色合いの、可愛らしいお花をいただきました

こまつ座『きらめく星座』2020/03/16 14:43

こまつ座の、『きらめく星座』を観てきました。

先に観た娘から「すごく良かった!ぜひ観てほしい」といわれ、このところ外出に消極的な夫も心が動いたようで、

説得を試みようとしたら一瞬で成功。

久しぶりで一緒に出掛けました。

時節柄、

予定されていた公演期間の半分は取り止めになったとか。

もったいない話です。

一人でも多くの人に観て欲しかったと思います。

 

まだ再演の機会もあるかもしれませんから、

ストーリーは書きません。

戦争中の話です。

なにしろ井上ひさしさんの脚本ですから、

いろんな考え方の人がいて、

それぞれがそれぞれなりに、まっとうに、人間らしく正直で(はないかもしれないけれど)誠実に生きている。

そんな、どこにでもありそうで、もしかしたら稀有なのかもしれない、場所。

考え方は違っても、お互いの気持ちを尊重し合うことで、

一緒にいられる。

一緒に時を分かち合うという、大切なことができる。

自分の信念、主義主張を大切にしながら、

時にそれをぶつけ合いながらも相手の人間性を否定せず、

それ以上に、家族への愛情を一義とすることで、

初めてかなう、多様な在り方。その貴重さ。

 

 

結局のところは、

どれだけ人と心を通わせられるかに尽きるのだな、

完ぺきに一つにはなれなくても、

どこかで心を通わせられる人たちと、

どれだけ時間を共有できるか、ってことなんだな、

と、思うのです。

 

時代や、それぞれの運命に翻弄されながら、

どこまで、そういう

ささやかだけれど本質的な時間が過ごせるか。守れるか。

 

 

小心者で思い込みの強い私ですから、

途中の休憩時にはすっかり、

自分が何か、重大な秘密を隠し持っているような気分になって、ドキドキびくびくしていたのですが、

よく考えれば、劇場じゅうの観客はみな同じ条件な訳で。

あれだけの人たちがいっせいに、

同じ家族の運命にどきどきしたり、必死で幸運を祈ったりしているのだと思うと、

舞台、劇場というのはものすごい場所です。

 

このところ、個人的にちょっとバタバタしていたので、

一気に違う時空間へ行けて、

大きく息がつけるような、本当に貴重なひとときでした。

 

でも、

いとも軽やかに投げかけられたメッセージは、

ずっしりと重く。

それに、

はらはらしすぎて首が凝ったかもしれません。




           チラシです。  井上ひさし作 栗山民也演出 

うさぎ一家、集結!2020/02/17 11:22

昨年の11月初めに、アルコ・ムジカの発表会を観ました。

宮沢賢治の「貝の火」を中心に据えた会で、

出演者の一人一人が、

見事に役にはまって輝いていたのが印象的でした。

舞台から流れてくる「オイリュトミーをする喜び」に

共振して深く心を動かされ、

とても幸せな気持ちになりました。

 

アルコ・ムジカは、オイリュトミストの松山由紀さんが

ずっと指導してこられた方々を一つに結集したグループです。松山由紀さんは、私たちがオイリュトミーと出会った時の恩師で、アルコ・ムジカには、その頃一緒にお稽古していた「野のばら」のメンバーも加わっています。

やはりメンバーの一人だった親友が亡くなった時には、

追悼の会に加わらせてもらったこともありました

 

その「貝の火」が、67日に再演されることになったと

由紀先生からご連絡がありました。

ところがメンバーに異動があり、

主人公であるうさぎの子どもホモイの、お父さん役の方が

出られなくなってしまったそうなのです。

それで、代役を頼めないだろうか、と。

劇場で観た、知的で穏やかな優しさを湛え、でも強さも持った「うさぎのお父さん」は、

鮮やかに印象に残っています。

私にできるだろうか? え、「お父さん」? 男役?…

一瞬よぎった不安を、

「あの人たちと一緒にオイリュトミーができる!」という喜びが押し流しました。

由紀先生のもとでオイリュトミーができるのも、20年以上ぶりのことです。

 

1月中に2回、由紀先生から言葉のフォルムを伝えていただき、先日は初めて全員が集まるお稽古で、いろんな人との関係性と、「お父さん」の動く音楽のフォルムとを把握しました。

そして今週末。午後からの全体練習を控え、午前中はうさぎ一家が集まっての特訓です。

息子(!)の「ホモイ」さんからは、音楽の録音を送ってもらうなど既にたくさんサポートして頂いており、

先日の稽古では、妻である(!)「お母さん」の温かいサポートに助けられました。

一家の集結する金曜日が、とても楽しみです。




                   昨年のチラシです

新年を迎えて2020/01/03 12:06

あけましておめでとうございます

今年もなにとぞよろしくお願い申し上げます

 

どんな年明けをお迎えでしょうか。

 

お蔭さまで私たちは、

無事に穏やかな新年を迎えることができました。

母の体調もよく、心身ともに落ち着いていて、

のんびりと、いい雰囲気でお正月を過ごしています。

今年も(こどもたちのように)町内を回ってくる獅子舞に頭を噛んでもらいました。

 

 

さて、今年はどんな一年になるのでしょう。

 

母とのゆっくりした日々を過ごすうちに、私は、

華やかに外へ出ていくことはなくても、

穏やかな毎日を積み重ねることの大切さ、その幸せを

以前にもまして強く感じるようになってきました。

 

とはいえ今年も、心躍る予定が入っていますし、

出かけていきたいところもいろいろあります。

なにもかも諦めてしまわなくていいように、

ここぞ、というときに助けてくださる方々の存在が、

しみじみありがたいです。

 

 

あるべきようにありながら、

なるべきようになっていく…

流れに沿って、自然に進んでいければ…と思っています。

 

 

どうか今年が、いい一年でありますように!








         今年も、遊のこどもたちから素敵な年賀状が届きました

母の今年 その2―夏風邪と認知症②2019/12/29 20:31

(前からの続きです)

大きな病気はないということで安心はしましたが、歩くのが不自由なことは変わらず、

夜のトイレに介助が必要だったので、母が起きたらすぐ目が覚めるように隣室に布団を敷いて寝ました。

幸い、杖をやめて歩行器にしたところ、安定感があるせいか歩幅も少し戻って一人で移動できるようになり、夜の介助からは一週間ほどで解放されました。

そのころには風邪も治り、精神的にも落ち着いて、それからは認知力もどんどん回復してきています。

.

でも、今回はそれだけ身体が弱りましたので、体調が悪い時期には、かなりショックなことがありました。

風邪が治ったと思ってはぶりかえす、というのを繰り返していた、8月なかばのことです。

ある日。いつものようにデイサービスから送迎車で帰ってきた母が、「あら、車が行ってしまったわ!」と慌てて、

妙なことをいろいろ言うのでよく聞くと、私をデイサービスの職員だと思っていたのでした。

送迎の車に置いてきぼりにされたと、心配してくれていたようです。

そうではないと説明して、ほっとしたのもつかの間。

夜、お風呂へ入り、部屋へ戻って寝る準備をしていると、

「どうして昼間からお風呂へ入るの? 私はそんなに汚れていたの?」と訊くので、

「もう夜よ。寝る前にはいつもお風呂に入るでしょう」

というと、

「もう寝る時間?それじゃあ私、家に帰らなくちゃ」

というのです。

「ここは家だけど?」というと、

「だって、ここは施設でしょう? 先生のあなたがここにいるんだから」と。

私が、自分は母の娘だというと、母は

「大変なことが起こった」と頭を抱えてしまいました。

「眠いからぼんやりしているんでしょう。ぐっすり眠って朝目が覚めたらすっきりするわよ」というと、

「こんな大変な時に、眠っている場合じゃない」

「こんど目が覚めたらきっと棺桶の中よ」

と、頑張って眠ろうとしません。

おそらく眠るのが怖かったのでしょう。

仕方がないので黙ってそばにいましたが、だんだん座ったままウトウトし始めて、促すと、

「しんどいから、ちょっとゴロンとなろう」

といってベッドに入り、そのまま眠りました。

 

翌朝は普通に戻っていたのですが、風邪がぶり返したようだったので、朝食後、ベッドに横になって休んでいました。お昼になり、昼食を食べようと部屋へ呼びに行くと、

「私はいったい、何に巻きこまれているの?どうしてこんな変なことが起こっているの?」と言いだしました。

何のことかわからず、「風邪でだるいんでしょう。お昼ができたから、手を洗って食べに来て」というと、

いつものように食卓へやってはきましたが、珍しく食事中も難しい顔をしています。お昼を食べ終わるとまた、

「見慣れた顔だから安心はしているけれど、あなたはここの先生でしょう?みんなで私を担いでるのね。本当のことを言って!」と言いだしました。

「本当のことしか言ってません。私はあなたの娘で、ここは家族で住んでいる家です!」というなり、

私はいたたまれずに二階へ上がってしまいました。

あとは夫が取りなしてくれたようで、それきりおかしなことは言わなくなりましたが、その後も言葉遣いなどでときどき、「あ、いまはもしかしたら職員と思っているかも…」ということはあります。

 

 

初めは、いろいろ考えました。

毎日一緒にいるのになぜ…?とか、

私の態度によそよそしいところがあるせいだろうか?

とか。

でもあまりそういうふうには考えない方がよさそうです。

そこにいるのが母にとって娘であろうと職員であろうと、私のすることに違いはありません。

遠くの親戚より近くの他人と言いますが、傍にいるのは、母の言葉に傷ついてイライラしている娘より、

落ち着いているやさしい職員のほうが、

母にとっても居心地がいいでしょう。

娘とわかっても分からなくても、頼りになるやさしい存在でいられればいいのだ…と思いました。

母の思いに寄り添って、自分もできるだけ無理をせずに、いつも機嫌よくしていること。

それが、私の課題…

そう考えれば、以前と何も変わらないのかもしれません。

 

 

・・・と、ここまで書いたのは、実は10月ごろのことでした。(アップせずに放置してしまいました)

 

その頃も、

時々は腹を立てつつもおおむね機嫌よくやっていることに変わりはありませんでした。

でもそこには努力が存在し、

つまりはなにがしかの無理がありました。

あれから2か月。

いまは、腹を立てる回数が激減し、

優しく接することにほとんど何の無理もなくなって、

母と暮らす日々の幸せを、

感じることができるようになりました。

これは私にとって、とても大きな変化でした。

 

次回は、ここに至るまでの話、助けになったものやことについて書こうと思います。

いろいろあると思うので、何回かに分けることになるかもしれません。