自主学校「遊」新学期最初のオイリュトミー2020/09/09 13:11

昨日は、

自主学校「遊」の

オイリュトミーの授業でした。

 

2学期最初なので、

こどもたちに会うのは

ずいぶん久しぶりです。

 

みんながそろって

またぐんと背が伸びたので、

なんだか、

自分が縮んでしまったような感じです。

 

 

1学期にお休みしていて

すご~く久しぶりに会った

3年生のやんちゃ坊主は

 

三回りくらい

大きくなっていました。

 

それでも、

中身はそんなに変わっていなくて、

 

相変わらずの

面白くて可愛いやつです。

 

 

 

2年生と3年生には、

新しいお話をしました。

 

 

みんな、

ちゃんと動きをマネしながらも

ものすごく真剣に聴いてくれるので

とてもやりがいがあります。

 

 

不思議なところ

素敵なところ、

スリリングなところ、

ほっとするところ…

 

いちいち表情が変わる子もいるし、

ずっと、

食い入るように

こちらを見つめている子もいます。

 

 

ちょっと怖そうなとき、

お話の場所からそっと離れて

部屋の隅の方へ行く子もいて、

おかしいやら可愛いやら。

 

 

 

次の展開を予想して

口々に言ったりもし、

 

もちろん、

当たると喜びますが、

はずれたときは、

へぇ、そうなのか!

という感じで

ちょっと感心したみたいな顔をして

夢中になって聴いています。

 

どちらにしても

お話から気持ちがそれないのは

すごいことです。

 

 

 

どこのこどもたちも

お話は

とても夢中になって聴きますが、

夢中になりながらも

一緒に動いてくれるのは

やはり、遊ならでは。

 

これまでの積み重ねで

できるようになったことなので

とても嬉しかったです。

 

 

 

高学年のクラスは、

音楽オイリュトミーの日でした。

 

遊の、

音楽の先生でもある

素晴らしいピアニストさんに

弾いていただけるので、

こどもたちを知り尽くした方の

豊かな表現の生ピアノで動ける

とても贅沢な時間です。

 

 

8年生の男の子は

すっきりと締まって、いい感じになっていました。

 

いつまでも

可愛らしい声でしゃべっていたのですが、

とうとうちょっと、

声が、変わり始めているようです。

 

なんだか

ドキドキします。

 

 

 

新しい生徒さんが加わったクラスが二つあり、

それぞれ、

新しい展開があって

とても面白かったです。

 

 

 

伸びていく、

成長する…

当たり前のようでいて、

当たり前ではない

とても

素晴らしいことです。

 

 

このところ、

だんだん小さくなっていく母と

ずっと一緒に過ごしていたので、

その素敵さが身に沁みます。

 

 

 

顔をみただけで嬉しくなる、

明るくて

元気いっぱいなこどもたち。

 

 

 

生命力と愛を

いっぱいもらって

とても幸せな気分で帰ってきました。



         昨日、2年生と3年生の男の子にもらったどんぐり。
         嬉しく持って帰りましたが、さて、どうしたものやら・・・

アニマルコミュニケーション2020/08/30 16:52

里美佳音さんの

アニマルコミュニケーションの

セッションを受けました。

 

 

このセッションのことを知って、

すぐに思い出したのは

 

21年前、

私の不注意で死なせてしまった

手乗り文鳥のテトのことです。

 

ものすごく賢くて

とても可愛い子だったので、

もう二度とあんな子には会えないと、

以来何も飼ったことがありません。

 

 

従兄のお寺で

お葬式はしてもらいましたが、

直接、

死なせてしまった

お詫びもしたいし、

ぜひにとお願いしました。

 

 

 

セッションの数日前、

あらかじめお渡ししておくことが必要

ということで、

テトの写真を探しました。

 

 

父がいます。

若かった母がいます。

娘はまだまだ子どもで

夫も私も若々しく…

妹や私の髪型が

なんとなく時代を感じさせます。

 

懐かしい家族の写真をたくさん見て、

ほんわか幸せな気分。

すでに癒しが始まっているような。。。

 

 

セッションは、15分。

テトのことを話しだしたら

それだけで終わってしまいそうなので、

ちょっと焦ります。

 

 

生前のテトは

動作言語しか使いませんでしたから、

初めて人間の言葉を介して話すのは、

なんだか不思議な感覚でした。

 

まず、

死なせてしまったときのお詫びをして、

 

子どもの頃の失敗と合わせて、

2回も文鳥を死なせてしまった私は

鳥界でブラックリストに載ってはいないか

心配して訊いてもらったのですが、

テトが笑い飛ばしてくれたようで、

ほっと安心。

 

なんとなく、

鳥たちがやさしくしてくれているのは

感じていたのですが、

私にも羽根が生えている、

だからみんなが寄ってくるんだよ

と、

同属(?鳥人間?)の認定をもらって、

嬉しくなりました。

 

また、これも何となく

感じてはいたのですが、

結婚した娘はもちろんのこと、

テトは家族全体とずっと一緒に居て、

見守ってくれている

とのことに、

とても心強い感じがしました。

 

メッセージをもらうと、

いま私はちょっと弱っているから、

やりたいこと、好きなことをして、

ビデオをみてでもなんでもいいから、笑うこと!

 

と言ってもらいました。

心しようと思います。

 

 

 

生きている頃、

テトは絶対に

自分を人間だと思っていたのです。

 

そして今も、

人間っぽい気持ちで、

いつも一緒に居てくれているようです。

 

 

鳥としてうちに居たころ、

 

鳥かごには

出入り自由になっていたので、

夕飯の時、

みんなが食卓を囲むと、

鳥かごへすっとんで行って

自分の分をササっと食べ、

すぐに食卓へ戻ってきて、

 

私たちのお味噌汁の中から

おかひじきを引っ張り出して

茎をしがんで中の汁を飲んだり、

 

雑穀ご飯の中から

ごまだけを器用に抜き出して

かといって食べるでもなく

テーブルの上に並べてみたり 

していました。

 

 

一日12回、

お風呂場で水浴びをするときには、

終わると、一直線に

洗面所のタオル掛けの上へ飛んで行って、

タオルで顔をぬぐいます。

 

 

押入れの、

天袋の戸がちょっぴり開いていたら、

私を呼びに来て

後ろにちゃんといるのを確認してから

奥の暗がりに向かって威嚇をしてみたり。

 

 

娘がピアノのお稽古をするときは、

必ず譜面立ての上に座って居眠りします。

背中の羽が

わっふわにふくらんで、

娘が息を吹きかけると

しゅーっとすぼまって

面白いのです。

 

私が新聞を読んでいると、

飛んできて新聞をかじりまくり、

遊んでいるのかと思っていたら、

実は

私を独占している新聞を

攻撃していたようで、

最後には癇癪を起して

私の指をかじったり・・・

 

 

語り始めたら止まらなくて、

テトがどんなに可笑しな

素敵な子だったか、

ついつい自慢をしてしまいました。

 

 

優しく耳を傾け、

共感してくださった佳音さん、

本当にありがとうございました。

 

 

久しぶりに

テトのことをたくさん思い出し、

とても幸せな数日を過ごしましたし、

 

セッションを終えたいま、

テトが

ずっと一緒に居てくれていることを

あらためて

しっかり感じています。




『丹野智文 笑顔で生きる―認知症とともにー』を読んで2020/07/29 16:32

辛かった時期に読んで、

とても助けになった本のご紹介

3回目は

『丹野智文 笑顔で生きる -認知症とともに-』 です。 

 

この本は、

先に著者を動画で見て

それから本を探して読みました。

  

高校の時の友だちが、

私が母を介護していると知って

教えてくれた、

FBグループ「なかまぁる」のページに、

丹野さんが

動画で紹介されていたのです。

 

 

丹野さんが認知症と診断されたのは

39歳のとき。

 

まだ、こどもさんだって小さいし、

車のトップセールスマンとして

バリバリ働いていらした

さなかのことです。

  

診断された当初は、

絶望のあまり

毎晩ふとんの中で泣いていた、という

丹野さん。

 

数年で全介護になるとか、

長生きはできないとか、

調べると

そんな情報ばかりだった頃のことですから

当然です。

 

立ち直るきっかけになったのは、

同じ若年性認知症でありながら、

元気に活動している方がある、

と知ったこと。

 

そこからの丹野さんの活動には

目覚ましいものがあります。

 

診断の翌年には、

「日本認知症ワーキンググループ」

(現・一般社団法人「日本認知症本人ワーキンググループ」)

を設立。

 

さらにその翌年から、

認知症の人自身が、不安を持つ当事者の相談を受ける

「おれんじドア」を、

お住まいの仙台市内で毎月開いているほか、

 

患者さんたちの希望の星として

全国を飛び回って講演活動をしていらっしゃいます。

 

発病から7年たついまもお元気で

講演でも、

言わなければ聴衆には

認知症とわからないほど。

 


本には、

元トップセールスマンならではの有益なアドバイスが

たくさん書かれていて、

丹野さんにぴったりのポストを用意して

仕事を続けさせてくれる会社や、

奥さまの対応も素晴らしく 

 

ニュースなどでは

悲しい話や憤りを覚える話ばかりが目立つ

この頃なのに、

 

社会ってこんなに

人間らしい、優しいあり方もできるんだなぁ


とても感動しました。

 


ひたむきな思いを持つ

人がいて


人生を

切り拓いていこうという

意思があれば、

 

かならず

その人でなくては拓けない世界が

開けていく

 

そして、

災難でしかない

と見えることが、

幸いにすらなっていく

 

そんなことが

この世には


案外

頻繁にあるようなのです。



もちろん、

はたから見るほど、楽なものではないでしょう。

 

華麗に見える活躍も

その陰には、

人知れず流す汗も、涙もあるし

悔しかったり、苦しかったりすることも

きっとあるはずです。

 

辛さも、何もかも飲み込んで

黙って支えてくれている人が

あるからこそ

のこともあるでしょう。


 

それでも、思ったのです。


どういうまなざしで世界を見るか

で、

自分に見える世界は


変えられる

と。


 

そして、

自分に見える世界


自分にとっては、すべてです。

 

 

*****

 

母は若年性ではないし

身体的な不自由もあり、

認知症も

丹野さんよりかなり進行していますが

 

人間として生きたい

生き生きと、自分らしく過ごしたい

というのは同じです。

 

できることは

自分でやらせてほしい

何もかもやってくれるのは

本当の意味での

やさしさではない

 

という

丹野さんの言葉を、


心に

深く刻みました。

 

 

おれんじドアのHP

 

丹野さんの活躍は

下記のページなどでも見られます。

 

なかまぁる(朝日新聞運営の認知症ウェブメディア)の、

丹野さんの情報コーナー

 

ヨミドクター(読売新聞の医療・健康・介護サイト)の、

丹野さんの記事を集めたページ

 




自主学校「遊」の学期末発表会2020/07/20 19:43

昨日は、

自主学校「遊」の

学期末発表会へ行ってきました。

 

 

今回は会場が、

いつもの福祉会館ではなく、

 

クレーシュすみれ」の園舎でした。


 

やわらかくてあたたかくて

落ち着く

素敵な空間で

 

いつもながらの

発表会の和やかさに

ふさわしい容れ物だった感じがしました。

 

 

こどもたちは

それでも

ちょっぴり緊張しながら、

 

やはり、

場の温かさに

 

楽しそうに

発表をしていました。

 

 

火曜日に授業で会ったばかりの

この春2年生に編入した

可愛いやんちゃ坊主が

骨折して腕を吊っていて、

 

あれあれ、

初めての発表会なのに

とびっくりし、

 

笛の発表ができなくて

かわいそうだったりも

しましたが、

 

こどもって、

ケガをしながら

強くなっていくものです。

 

 

 

上級生たちは

発表会を見るたびに

ぐんぐん頼もしくなって、

 

小さかった頃のことを思い出すと、

 

こどもの

成長する力の素晴らしさに

あらためて感動します。

 

 

今回からは英語に加え

新しく始まった

ハングルの時間の発表もあり、

 

微妙な発音の違いを

こどもたちがちゃんとできていて、

素敵でした。

 

日本語が完ぺきな、

ネイティブの先生から教われるなんて

贅沢な話です。

 

 

 

今学期は

発表が終わったとたんに

慌てて帰ってきましたが、

 

去年2年生に編入して、

夏休み前に何日か

週一回つきっきりで過ごした時期のある

 

3年生のやんちゃ坊主が

嬉しそうに手を振って

見送ってくれました。

 

 

彼も、

遊に来て大変身した一人です。

 

 

遊に関わらせてもらうようになって

まだ6年ですが、

もう何人も

遊で大変身を遂げた

…というより、

本来の姿に戻ったこどもたちを

見ています。

 

ここではみんな、

「愛されているこども」に

なれるからです。

 

 

 

帰りの電車で、

 

夜の大切な講座を

欠席しなくてはならないので

録音を頼もうと友人にラインしたら、

 

「いま電車ですか?

すぐ前にいる人から、

メッセージが届いたような」

 

と返事が来て

あわてて顔を上げたら

本人がいました。

 

ちょっぴりですが

リアルで会えてよかった。

 

 

 

と、いう具合で、

 

なんだか不思議な、

とっても幸せな日でした。

 

 


この日は、娘が前日から泊まり込み、母を見ていてくれました。

私の帰りを待ちながら、いろんなことをしてくれたようです。

オセロは、デイサービスでもやっているようで、

毎回ルールを説明しなければなりませんが、把握さえすれば、

けっこう互角の戦いをする母です。

 

 

 



佐藤雅彦著 『認知症になった私が伝えたいこと』2020/07/07 16:19

辛かった時に読んで、

助けになった本のご紹介、

2回目です。

 

今日ご紹介するのは、

佐藤雅彦さん著

『認知症になった私が伝えたいこと』

です。

 

この本もやはり、

若年性認知症を発症した方の

書かれたものです。

著者が日本人なので、より身近に感じました。

 

クリスティーンさんと同様に、

並外れた知性をお持ちの方です。

 

そしてやはり

クリスティーンさんと同様に、

頭を病んでいるからと言って、

人間扱いされなくなるのはおかしい、と

おっしゃっています。

 

全く、その通りだと思います。

 

これはちょっとずれるのかもしれませんが、

 

以前はよく、

老人介護にかかわる方々が

お年寄りに向かって

「〇〇しようね~」などと

子どもに話しかけるようにしゃべっているのを

見かけました。

 

テレビの人気司会者にも、

そういう方がいらしたと思います。

 

 失礼な話だ

と、いつも思っていました。

 

 お年寄りは、

身体は動きにくくなっていられるかもしれないし、

人によっては、

認知力が低下していらっしゃる場合も

あるかもしれない。

 

だからといって、

人生の先輩に向かって

若輩者が、

相手を見下したような言葉遣いをするのって

どんなものでしょう。

 

それは、

親しみの表現

などではありません。

 

 

いつだったか、

包括支援センターの方にそういう話をしたら、

いまは、

そういうことにも気を付けるように指導している、

とおっしゃっていました。

どうりで、

最近は減ってきた感じがしていました。

 

 

あ、話がずれました。

本の感想に戻ります。

 

 

この本を読んでとても印象的だったのは、

佐藤さんが、

一人暮らしを続けるため、

ご自分で、

さまざまな工夫をしていらっしゃることです。

 

忘れることを防ぐため、

そして、

忘れたときにも

困らないように、

いくつものステップで、

トラブル回避の工夫をされているのです。

 

 

著者の佐藤雅彦さんは、

NHK教育テレビの人気番組、

「ピタゴラスイッチ」などを生み出した方なのだ、と

聞いたことがありました。

 

実際は、同姓同名の別の方のようなのですが、

 

それを聞いたときは、

さもありなん

と思いました。

 

ボールが転がっていってこの板を押すと、

板が落ちてこの棒を押し、

その棒が次のボールを押して…

という具合に

次から次へと

目の覚めるような面白い展開があって

ことが進んでいく、

あの感じ。

 

発想が自由で、

おとなもこどもも

一緒にワクワクできる、

大好きな番組でしたが、

 

この本の著者である

佐藤雅彦さんの

日々の暮らしの工夫が、

まさにあの感じだったのです。

 

どちらも理系の方ですから、

共通するものがあったのでしょう。

 

ユーモアに満ちた、本物の知性。

 

あったかくって、

人間っていいなぁ

と思わせてくれるような

血の通った科学です。

 

 

 

大切なのは、

ただトラブルなくやっていくことじゃない。

 

生きている実感を持てる瞬間、

そう思える機会を作ること。

 

たとえば、

好きな音楽を聴くことであったり、

道端の美しい花を見ることであったり、

讃美歌の合唱の練習に通うことであったり。

 

佐藤さんは、

そのためにも

さまざまに工夫をされています。

 

 

 

「生きがい」なんて、

思っているほど

大きなものではなくて、

 

でもそれは、

ただじっと待っていたら

やってはこない。

 

工夫が、いるのです。

 

・・・・・

 

クリスティーンさんにしても

佐藤さんにしても、

 

素晴らしい方なのに、

認知症になってしまわれた

 

と考えることもできますが、

 

こんなに素晴らしい方だからこそ、

この人間界のうちの、

「認知症部門」を牽引していく担当者として

選ばれたのかもしれない。

 

 

こんな言い方をすると

ご本人は気を悪くされるかもしれないのですが、

 

つい、

そんな風に思ってしまいます。

 

この本を読んだとき、

なんだか霧が晴れたように

明るい気持ちになれたのです。



佐藤雅彦さんのHPはこちらです