梨木香歩著『僕は、そして僕たちはどう生きるか』『ピスタチオ』と『海うそ』を読みました2015/04/21 22:29


このところ、梨木香歩さんの比較的新しい著作を3冊ほどつづけて読みました。

『ピスタチオ』『僕は、そして僕たちはどう生きるか』と『海うそ』です。

いつも、読む本は「ばったり出会ったもの」の中から

注目している作家のものや気を引かれた内容で選んでいるのですが、

震災からこちら、それがいつ書かれたものか、ということが気になって、

戦前や、同時代の日本のものを選ぶことが多くなりました。

作家の方々が、どのように時代の空気を呼吸しながら生き、物語を紡がれたのか知りたいという、ひりひりするような思いが、どこかにあるのです。

 

 

梨木さんの小説は大好きで、ほとんど読んできています。

以前、それらが「童話」「ファンタジー」に分類されているのを見て、ちょっと違和感を覚えたことがありました。確かに、いわゆる「現実世界」では普通起こらないような描写のある作品も多いのですが、それは、人の心の真実に深く切り込もうとするときに起きることで、「こども向け」とは、どうしても思えないのです。むしろ、さまざまな人生経験を経てきたおとなだからこそ汲み取れる世界というか、こどもが読むにはちょっと背伸びが必要な、人の心の奥深い襞に隠された「傷」に触れるものだと思います。ファンタジーだからこども向け、という考え方がもしあるとすれば、それは誤解だと思うのです。何歳くらいまでを「こども」というのかにもよりますが、梨木さんの作品の場合、むしろ、十代の人にも読んでほしい『西の魔女が死んだ』などは、ファンタジーの要素が少ないものになっています。

 

でも、今回読んだ3冊はどれも、「ファンタジー」というカテゴリーには分類されずにすむのではないかと思いました。

 

『僕は、そして僕たちはどう生きるか』は、題名からも、また、主人公が「コペルくん」と呼ばれていることからも分かるように、『君たちはどう生きるか』を意識して書かれたもののようです(と言ってすぐにわかる方は、けっこう年齢の高い方らしいです。私は中学生くらいの時に叔父(!)からもらって読んだので知っていましたが、戦前の本です)。『僕は・・・』の主人公は14歳の男の子。『君たち・・・』と同様に「おじさん」が出てきますが、その役割はかなり違っています。タイトルの「君たちは」が「僕は、そして僕たちは」になっていることが、大きなポイントのように思います。この本も、おそらく青少年向けに書かれたものだからこそ、あくまでも「現実」を離れずに描かれています。

出版されたのは3.11直後の4月ですから、書かれたのは震災前です。「まだ大丈夫と思っているうちに、あれよあれよと取り返しのつかないことになってしまう」という(正確な言葉は忘れました)くだりが、このところの実感と重なってドッキリしました。確かにあのころ私は、「まだ大丈夫」と思っていました。

先ほど「おそらく青少年向けに書かれた」と書きましたが、本当は大人向けなのかもしれません。大人にも、というより、若い人と関わるすべての大人に読んでほしい気がします。

 

『ピスタチオ』は、「ファンタジーかどうか」という意味では、やや微妙な境界のところを行っている感じがありますが、それでも、「現実」世界を生きていても遭遇しないとも限らない範囲内に収まっています。主人公は、おそらく30代くらいの女性。2010年の10月、『僕は、そして僕たちはどう生きるか』の半年前に出版されています。私は最近、大切な友人を亡くしたばかりで、自分の中で生と死との境目がややあいまいになっている感じがするせいか、かなり共感して読めました。(『ピスタチオ』が、はっきりしていないというわけではありません。むしろ、敢えて飛び込んでいきながら足をすくわれない主人公のあり方に、現実へ根付く力の強さを感じました)

 

そして、2014年の4月に出版された『海うそ』。出版時期は、『ピスタチオ』の後、震災を挟んで『僕は、そして僕たちはどう生きるか』『雪と珊瑚と』『冬虫夏草』、そして『海うそ』と続いています。今回読んだ3冊の中では唯一震災後に書かれた(と推察される)、今のところ最新刊です。

まるでルポのような文体で人々や自然を描写する、完全に「現実」世界に根差した文体で展開していきます。主人公は、『ピスタチオ』の主人公より年上(前半は同じくらいなのかもしれません)の、男性。亡くなった知人の仕事を、遺された資料をもとに足跡をたどりながら追っていくという構造が似ています。(土着のものへの踏み込み方の違いはあるものの)人の信仰心に照準が当たっているのも同じです。ただ、読後感はかなり違います。『海うそ』では、生と死との境界線はくっきりとしています。その上で生者が、強い思いを持って死者に近づこう、理解しようとしている感じがしました。私の中では、どれも大好きな梨木さんの著書のうちでも、ベストの部類に入ります。

 

今回、この3冊を続けて読んだことにも、意味があるように感じました。「自分は、いまこの時をどう生きるのか」という、このところ繰り返し噛みしめている問いに、一つの確かな光を得た思いがしています。まだ読んでいない『雪と珊瑚と』と、大好きな『家守奇譚』の続篇だという『冬虫夏草』を、いますぐ読んでみたくなっています。