その後のこと(2)母のインフルエンザと東山魁夷展2018/04/13 22:04

お正月から3月の4日まで、八王子の美術館で東山魁夷展がありました。

母は若いころから東山魁夷さんのファンでしたので、ぜひ行かなくては!と計画しました。

1月は検診などがあったので2月に行くことにして、自分のペースで楽に鑑賞できるようにと歩行器を準備し、押して歩く練習もして準備万端!…のはずが、

なんと、計画していた日の直前に、母がインフルエンザで高熱を発してしまったのです。折悪しく三連休の初日で、発熱したばかりだとインフルエンザでも診断がつかないということで、解熱剤を出してもらって自宅で様子を見ましたが、翌日の夜、ちょっと不安な感じだったので数軒の休日診療の病院に電話するも満員(ちょうど、インフルエンザが猛威を振るっていたさなかでした)で受診を断られ・・・。母はもともと肺に病気をもっているのでかなり心配しましたが、解熱剤だけでなんとか乗り切り、火曜日にやっと診察が受けられました。それでようやく診断がついて五日間タミフルを飲み、幸い、肺炎は起こさずに治りました。

高熱や薬の影響か、治った後もいろいろな面でかなりの衰えが見られ、展覧会へ行くなんて無理かもしれないと一時はあきらめかけましたが、ゆっくりとながら徐々に回復し、こんなに近くで東山魁夷さんの絵が観られるチャンスはもうないかもしれないと、母の誕生日の翌日、会期末ぎりぎりの33日に、母と妹と3人でタクシーに乗り込み、思い切って行ってきました。

3人で絵を観に行ったのはずいぶん久しぶりで、前回がいつだったか、もう思い出せないほどです。子どもの頃は、結構いろんな絵を観に、母に連れられて行ったのですが・・・。

当日は、妹と手分けができたのでスムーズに行ってこられました。素晴らしい絵に感動し、嬉しそうな母の様子が見られ・・・いろんな思いが浄化されたような、あらゆるものに感謝したくなるような、ちょっと特別な喜びでした。

 

 

昨日のようにいくつかの出来事をまとめて書こうと思いましたが、

次の話題はとても長くなりそうなので、日を改めます。

今日は、ここまで。

 


        チラシです。当日は、残念なことに写真を撮り忘れました。

新しいスタート、そして第2ラウンドの始まり2017/09/13 11:11

日曜日は三鷹で

ライアーとオイリュトミーによる個人ワークショップをしてきました。

せっかくライアーと一緒にするのであれば、

「ライアーとオイリュトミーでなければできないこと」

がやりたいと探ってきて、

やっと手ごたえのあるプログラムができ、

新しいスタートをきることができました。

 

わくわく感とともに臨んだプログラムではありましたが、

ワークショップは一期一会の真剣勝負。本当にうまくいくかどうかはやってみなければわかりません。

実は、思ったより緊張していたようでした。

 

ほっとして、しみじみ嬉しくなったので、

帰りに高尾駅の一言堂に寄って

黒豆コーヒーと高尾ポテトで慎ましく祝杯を挙げ、

川沿いをゆっくり歩いて帰ってきました。

(高尾には、本当に豊かな時間がながれています)

 

大海に一滴のしずくを落とすような、

ほんの小さな営為ではありますが、

こういうときは、宇宙の仕事ができたような気がして

一人で悦に入ります。

 

夏休みが終わり、季節は一気に秋。

嬉しいスタートでした。

 

 

そして昨日は、自主学校「遊」の二学期最初の授業。

背が伸びて、ひとまわり大きくなったこどもたちと再会し、いよいよ第二ラウンドの始まりです。

めちゃくちゃ可愛くて、一筋縄ではいかないこどもたち。

手綱はゆるめに、でもしっかり握っています。

昨日は、今後につながる布石をいくつか打ってきました。

今学期も楽しそうです!





自主練・・・もどき2017/09/04 17:40

先日、夫とともに裏高尾の日影沢林道を歩いてきました。

生物多様性ガイド養成講座でよく行くところです。

 

日影沢へは、高尾駅の北口からバスで行きます。一時間に1本か2本しかないのですが、利用者が多い時季には同じ時刻に出発するバスが3台あったりもする人気の路線です。

 

バスを降りると、日影沢林道の入り口へ向かう路上で、

すでにたくさんの花を見つけました。

飛んでいる鶴のようにすっと伸びる、真っ白な4枚の花弁(に見えるけれど本当はガクなのだそうです)を広げた、可愛い花が、センニンソウ。すぐ隣で、それよりちょっとにぎやかな感じに咲き誇っているのがボタンヅル、と、

持参した図鑑で見つけてわかりました。

 

山はいつも、数日ですっかり様子が変わります。

つい先日見た花がもう終わっていたり、新しく咲いた花があったり。

高尾山に特化したポケット図鑑を2冊持って行ったのですが、載っていないものもたくさんあって、わからないものだらけ。

帰ってから調べようと、とりあえず写真を撮ります。

 

いろんな草に引っかかって写真を撮りまくっている私を置いて、夫は先に立って歩きながら、ときどき目立つ花を指して「これは?」と訊きます。

思い出せたら得意満面で説明するのですが、

「確か教わったのに…えっと…」となることもしばしば。

そのほかに、なんだか知っているような気がするのに名前はわからない、というものもたくさんあります。

すぐに教えてもらえる講座の時が、どれほど恵まれているのかをしみじみ実感しました。

 

それでも、いくつかはわかったし、

夫が気づきもしないで通り過ぎようとする草花にどんなドラマがあるのか、

時には呼び止めて伝えることもできました。

嬉しかったのは、

名前を知っているかどうかにかかわらず、

花や草を見てその形や様子の特徴、つまり「その草らしさ」を感じ取り、愛でることが、

昔の自分よりずっとできるようになっていたことです。

講座が始まったばかりのころ、

あんなに自然が好きだと思って来たのに、実は何も見ていなかった自分に気づき、

いざ見ようとしても、ちっとも入ってこない感じがして、

自分には、自然を理解する思考回路がないのだと

悲しく思ったことがありました。

でも、今は違っています。

たとえ、同じように名前がわからない時でも、

なんとなく葉の特徴などに親しみを感じて、

本当はよく知っているんだけどなぁ!という気分になるのです。(それはそれで、とても悔しいのですが)

 

自分の変化を通して、

すぐそこに実際にある美しさ、貴さを感じ取るにも、それなりの感性が必要なのだ、ということがわかりました。

自分にその感性が開きさえすれば、

世界はものすごく美しく、神秘に満ちているのだ! 

ということも。

 

何かを愛するということはきっと、その対象について、

感性を開いていようとし続けることなのでしょう。

それには、それなりの努力、

つまり時間とエネルギーが必要なのだ、

ということも、学んだような気がします。

たぶん、センニンソウ(間違っていたらお知らせ下さい)



        たぶん、ボタンヅル(間違っていたらお知らせください)

虫は嫌いだったのですが2017/08/17 10:28

生物多様性ガイド養成講座にも、

公演が終わって復帰してからは順調に通っています。

山は素敵ですしメンバーが魅力的な人ばかりで、

とても楽しいです。

…が、ひとつだけ、ちょっと困ったことがあります。

いま、山は虫の王国。

何しろ「生物」多様性ですので、

当然ながら虫も観察対象に入っているのです。

都会育ちの私は、虫が大の苦手です。

山を歩いているとメンバーの誰かが目ざとく虫を見つけ、

「無視して先へ行きたい!」と叫ぶ私の心をよそに、

ルーペまで持ち出しての観察が始まります。

「触角がゴージャス!」(唖然とするほど見事な幾何学模様の触角を持つ蛾がいたりします)

「この派手な模様!」(どう見てもおどろおどろしいと思うのですが、すごい柄の芋虫がたくさんいるのです!)

などと喜んでいる仲間をよそに一人顔をしかめ、

一応記録のため、おざなりに一、二枚だけ写真を撮るのですが…

  

先日、洗濯ものを干していたら、

ベランダで面白い柄の虫を発見してしまいました。

小さかったのであまり怖くなかったのと、柄がなんだか面白かったので、

こともあろうに、名前が知りたいと思ってしまいました。

写真がうまく撮れなくてボケボケだったのですが、

講座のメーリス(?)にアップすると、先輩や講師から、これではないか、というアドバイスをいただきました。

図鑑やネットの写真は、写真の撮れ方や個体差で、色や雰囲気がかなり違います。

実際に見たときの印象と写真との違いもあったりして、それぞれ検索したもののなんとなくピンと来ず、さらに調べてみました。

なぜ私が、よりにもよってこんなことをしているのだろう…と思いながら(しかもときどき鳥肌を立てながら!)虫の写真をたくさんみて、ようやく、

これに間違いない!という写真を見つけてすっきり。

違うものもさんざんさがした挙句、たどりついた結論はやっぱり、最初にアドバイスをいただいたとおりでした。私のあんなボケボケ写真でわかるなんて、さすがです。

 

翌々日。

やはりベランダの、今度は柵に、唐突に小枝のようなものがくっついていました。

「擬態だな」と思って調べると、比較的すぐに見つかりました。せっかく小枝のふりをしているのにスチールの柵にとまるなんて、間抜けぶりが可愛くて他人(他虫?)とは思えませんが、目立ちすぎるし、もし本当に小枝だと思ってしまったら何も考えずにぎゅっと拭きとって、

殺してしまったかもしれません。

擬態のせいで、逆に危険になってしまうわけです。

ちゃんと自分を知って、居る場所を選ぶべきですね。

…って、なんだか、深い(笑)。

 

さらにその翌日。また別の柄のカメムシを見つけました。

背中にハートをしょっていて、私が見てもちょっと可愛いです。今度は、先日いろいろ調べたときに見た記憶があるので、だいたい見当がつきました。

調べる場所もわかっているのですぐ出てきました。(ちょっと自慢していますね)

 

嬉しかったのは、ベランダから庭を見下ろして見つけた「ヤブガラシ」。ちょうど先日教わったばかりです。

山茶花の木に巻き登り、上の方の日が当たるところを占拠して、花を咲かせていました。

さすが「藪枯らし」と呼ばれているだけあります。

でも、ごく小さなオレンジの花が可愛らしく、先端をなめるとほんのり甘いのです。

蜜を集める小さな虫たちには大切なレストランです。

写真を撮ったら、ここにも虫がいました。

 

 

…というように、落ちこぼれ受講生の私も、確実に変化はしてきています。

何よりも、植物や昆虫など、自分たちとまったく違う生き方をしている者たちのことを知ることで、

視野がずいぶん広がりました。

世界は生き物によって、空間的にも時間的にも、

とても多重なあり方をしているようなのです。

もしかしたら同じ人間同士でも、

人によって見ている世界はかなり違うのかもしれない…

などと、このごろふと思ったりもしています。



      「ナガメ」だということがわかった虫。菜につくカメムシだそうです。
これでも、撮りなおしたので最初にメーリスで尋ねた時よりはっきりしています。

    「シバツトガ」 とても小さくて、肉眼で見ると小枝にしか見えません。


 「エサキモンキツノカメムシ」 あえて切って書けば、エサキ モンキ ツノ カメムシ
 ハートの紋付を着ているようですが、名前は「モンツキ」ではありません。

 「ヤブガラシ」 葉が鳥の足型のように5枚ついているのがヤブガラシ。
 そうでない大きな葉は、山茶花(だったと思います)。


 「アオドウコガネ」 ヤブガラシの写真を大きくしたらいました。きれいな緑色です。

多重な世界2017/07/27 20:28

日曜日は濃い一日でした(早く書こうと思いながらすっかり遅くなってしまいました)。

午前中は、自主学校「遊」の学期末発表会を見に国立へ。

上級生たちがそれぞれに成長した姿を見せてくれたのも、

1月に入った3年生が、もうすっかり常連のような顔をして馴染んでいたのも嬉しかったし、

初めて発表会を経験するこどもたち

13年生まで、各学年がいます)が、

晴れがましい表情をして輝いていたのも印象的で、

こどもたち(と、先生方!)の頑張る姿に感動しました。

終わった後の打ち上げも、先生方や、お父さんお母さん方と触れ合える機会なので貴重な時間です。

今回も、結構大事な情報交換がありました。

最後までいたいのは山々でしたが、

後に幼児クラスの予定が避けがたく入ってしまい、

後ろ髪を引かれながら早々に打ち上げを失礼しました。

 

急いで帰宅し、すぐに着替えて幼児オイリュトミーです。

今回から高尾で行うことになり、ちょっとドキドキしていましたが、新しい場所にもこどもたちがすんなり馴染んでくれてほっとしました。

場所がちょっと広くなって、これからいろんな工夫ができそうなのが楽しみです。

 

それから急いで軽く夕飯をすませ、駅からバスに乗って裏高尾へ。ナイトハイクにスタッフとして随行しました。

生物多様性ガイド養成クラスの受講生は、できる限り実際のガイドに随行して、お手伝いをしながら実地で学ぶことになっているのです。

スタッフといっても大したことはできないのですが、

最後尾にいて、みなさんが安全に歩いていただけるよう気を配ったり、説明が聴き取れなかった方に伝えるなど、ちょこちょことフォローを心がけました。

ちょっとだけ、教わったことを自分の体験も交えてお話しできて、嬉しかったりもしました。

 

山はいつも、下界とははっきりとちがう特別な世界なのですが、夜の山はまた格別です。

動物たちや樹々の発する気配を感じながら暗闇を歩くのは、自分が「生き物」であることを思い出させてくれる、貴重な機会でした。

 

山の体験が強烈で、駅から家まで住宅街を歩く道すがらが、なんだかとっても不思議な気分でした。

電車に乗って帰られた方々は、どんな気分を味わわれたでしょうか。

ナイトハイク、おすすめです。

 

 

家につくと、朝から午後、そして夜と、

それぞれのさまざまなシーンがフラッシュバックして、

実に不思議な気分でした。

どれ一つをとっても、一日をかけてじっくり味わいたい、濃さを持った時間です。

それが一気にやってきて、

頭が多重になってしまったような感じもしました。

普段は余り意識していませんが、自分が

宇宙に属し、自然に属し、人間社会に属していることを

改めて感じ、それぞれの世界の一端を凝縮して体験した、

貴重な新月の一日となりました。

(タイトルから、「環世界」を連想された方もあるでしょうか。それについては、また別の機会に書きます)



  烏瓜の花。夜に開くので、昼間は咲いている姿を見ることができません。