車椅子だから楽しめた2020/06/30 18:32

日曜日のことです。

雨上がりの夕方、

母とお散歩に行ってきました。

 

お昼すぎまでは

ざあざあ雨が降っていたのです。

 

午後には、今週も

山口剛先生の治療がありました。

 

治療がすんで、

一息入れたころのことです。

私が、母の横でPCをカタカタ言わせていると、

突然、

母が不思議な動きをしました。

「どうしたの?」と訊くと

 

「外へ行きたい」

「外って、家の外?」

「そう。その辺。どこでもいいから」

「ふうん。じゃ、お散歩行こう」

 

近所の川まで

出かけてきました。

 

川沿いをずっと歩いて

御陵大橋を渡り、

陵南公園の中を通って。

 

 

犬を連れた人や、

親子連れがたくさんいて、

それぞれに楽しんでいます。

 

雨上がりの大気に、

川から上がってくる、さわやかな空気、

樹々や草の香り。

鳥の声と、

ず~っと聞こえていて、

全体を包み込んでいるような

川の音…

 

 

昔の母は、

こういうとき、大はしゃぎする人でした。

いまは、静かです。

 

でも、

楽しんでくれていたようです。

帰って来た時にも、

笑顔が輝いていました。

 

 

杖や歩行器を使っていたころなら、

こんなに気軽に

お散歩には来られなかったでしょう。

 

車椅子だからこその

楽しいひととき。

 

 

帰ってから小一時間ほどすると、

また雨が降ってきました。

思わず

「いいタイミングだったね!」

と言ったら、

 

真顔で、

「行いがいいからよ」

といいます。

ふざけているんだか本気なんだか、

よくわかりません。

 

でも、つづけて

「ほんとに気持ちよかったね。空気もよかったしね」

と言いました。

 

こんなに時間がたったのに、

ちゃんと覚えてくれている!

 

ちょっと感激でした。






何が何だかわからなくても、至福の時2020/06/28 11:02

一昨日、母は、

手術して頂いた先生の

退院後の診察を受けて来ました。

 

あけすけに

いろんなことを話してくださる、

ちょっとロックな雰囲気の女医さんです。

 

この先生のいらっしゃる

救急病院から転院して、

リハビリ病院に3か月近くもいたのに

母の脚はちっとも良くならなかったし、

お薬づけにされた感じがして、

私はちょっと怒っています。

 

「こちらを退院した時より、歩ける距離が縮まっているんです」

 

言いつけてやりました。

系列の病院なので、伝わるかもしれません。

 

「こちらでお世話になった療法士さんに、

  くれぐれもよろしくお伝えください」

 

 ずっと気になっていたことも伝えられました。

 

 

ロックな先生に、

「順調に回復してますね。まだまだ良くなりますよ」

と言っていただいて、

霧が晴れたような気がしました。

 

もっともっと、

良くなれるんだ‥‥

 

 

なんて幸せな日でしょう。

 

 

実は今朝も、

とても幸せなことがあったのです。

 

 

私はもう何年も、

「希望の命水」という、

なんだかすごい名前のミネラル水を飲んでいるのですが、

その水の会社JESから、夏の還元ボーナスとかで、

美味しそうなものがいろいろ届きました。

 

その中に、「乳酸ジンジャー」という、

前から気になっていたものが入っていたのです。

二種類の生姜で強力に温めつつ、

乳酸菌で腸も整える、

美味しいシロップ。

 

母の問題は、

頻尿にしても脚の痛みにしても、

冷えが原因だ、と

私は思っています。

 

今の母にぴったりかもしれない。

 

そこでさっそく、その晩から

「乳酸ジンジャー」を飲んでみてもらいました。

  

すると。

  

母はその晩、

10時に寝てから2時までぐっすり。

そのあと、3時過ぎにまた起きてしまったのですが、

トイレに行った後、脚が痛いと言ったので、

テルミーをちょっとかけてみました。

 

テルミーというのは温熱治療の一種で、

空洞になった金属の棒の中で太いお線香を燃やしながら、

その棒で体をこすります。

とても温まるのです。

 

ずっと前、

まだオイリュトミーの学校へ通っていたころ、

夫と私は健康管理でテルミーのお世話になったので、

その棒を持っていて、

お線香もまだ、けっこう残っているのです。

 

気圧のせいか、

母はこのところ「脚が痛い」とよく言うので、

そんな時には

ちょこちょことですが、テルミーをかけることにし始めました。

 

するとたしかに、

それで痛みが治まるようなのです。

 

母は、

そのあと6時過ぎまでぐっすり眠りました。

 

そこでもう一回トイレへ行って、

また8時近くまでぐっすり。

 

 

で、その、6時過ぎに起きた時のことです。

 

カサコソいう音で目が覚めて声をかけると、母が言いました。

  

「至福の時です」

  

「え、至福?」と聞き返すと、

 「何がなんだかわからないけど、至福です」

  

「えっ、そうなの?! …至福なんだ…」

 

びっくりして、

それからしみじみしていると

 

「トイレに行きたい」

「…あ、はい、行きましょう」

 

 

ほんの一瞬でしたが、

私にとっても、至福の時でした。

 

 

母は、

時々、こういうことをします。

 

不思議な人です。




   先日、夫と散歩した時にみたアジサイ。なんだか神々しい感じがしました。


絶望からのV字回復2020/06/26 10:06

この二日間は、

絶望したり幸せになったりで忙しかったです。

 

私は、神経痛の持病を持っています。

甘いものを食べると痛むのはわかっているので、

もうずっと、食べていません。

特に夜がつらくて、

朝は起きればほぼ治るのですが、

時には痛みで眠れないこともあります。

 

 

母が病院にいる間、

それはだんだん治っていっていました。

これを飲むと大丈夫!

なんていうものもみつけて、

もう大丈夫かな、と思っていたのです。

 

それが。

母が退院して六日目の夜。

 

その晩は、せっかく

翌日会社が休みの妹が

母の横で寝てくれていたのに、

痛みが出て、一晩中眠れなかったのです。

 

しかも、いつもは朝になれば治るのに、

起きてからも、かなりの痛みが続きました。

 

もう、ダメだ。

これではとても続かない。

まだ、たった一週間なのに…

 

でもやっぱり、

母と家で一緒に暮らしたい。

それは間違いなく。

 

でもやっぱり、

とても無理だ。

こんな体で、夜の介助はできっこない。

 

でもやっぱり…

 

思いは堂々巡りを続けるばかり。

 

 

これまで、家族には

神経痛のことは言っていませんでした。

でも、一人では抱えていられない。

 

 

私は月に2回、

自主学校「遊」でオイリュトミーを教えています。

その日は授業の日だったので、

痛みを抱えながら出かけていきました。

途中、家族にメッセージを送り、状況を伝えました。

 

 

授業は、無事にできました。

前のブログでも書いたように花束ももらったし、

可愛いこどもたちに力をいっぱいもらえ、

なにしろ、やっていることが、

オイリュトミーです。

帰りには、痛みもずいぶん楽になっていました。

 

 

これ、結局のところ、原因はストレスってことだ…

 

 

実をいうと、ひどい痛みが出る前の晩も、

夜中の介助をしながら少し痛んでいました。

 悪い病気じゃないか、

どんどんひどくなるのじゃないか

と怖くなってきて、

ふと、

母より先に死んでしまうかも…

なんて、考えてしまったのです。

 

それに、

母を置いてはいけないので、

とても大切に思っている勉強会を

休まなければならなかったりもしています。

 

ずっと眠れなくて、

やっとトロトロした明け方に起こされた時には、

自分には人権はないのか‥なんて、

思ったことも。

 

 

夕飯後、

 

娘が電話をくれました。

去年結婚していて、

お相手は、作業療法士として病院に勤めています。

すごく勉強熱心で、医学的なことにも詳しいのです。

 

いろいろ訊いてくれました。

久しぶりに娘の声を聞き、

相変わらず仲良さそうな、二人のやりとりを聞いたりしていたら、

すっかり明るい気分になりました。

 

 

その夜は、

二晩続きで妹が母と寝てくれました。

みんなの気持ちがもらえたし、

オイリュトミーもできたからでしょう、

こんどこそ、ぐっすり眠ることができました。

 

 

翌朝。

母はいつものようにRIONさんへ。

妹は、夜の睡眠不足を補うために寝ています。

前日ヘルパーさんのシャワー浴があったので、

洗濯物がたくさんなのに、お天気は今一つ。

近所のコインランドリーへ、

洗ったものを乾かしに行くことになりました。

 

夫とふたり、

洗濯物を自転車に積んで出かけようとしたら、

突然、ものすごく幸せな気持ちに包まれました。

思わず涙ぐんだほど。

 

以前から、

夫と自転車で出かけるのがとても好きだったのです。

 

洗濯物が乾くのを待ちながら、

近くの川を散歩しました。

もうすぐある、

オイリュトミーの個人指導の内容などを相談しながら。

 

よく考えたら今週は、昼間も、

ずっと母のそばにいてあげなくてはならないし、

退院後の手続きやら何やらで、

夫とこういう時間を持つことも

できなくなっていました。

 

…そういうことか。

 

そして迎えた昨日の夜。

母のそばのベッドに横になったとき、

しみじみと感じました。

 

 幸せだなぁ…

 

そう。

夜中の介助だって、

本当は嬉しいことなのです。



            陵南公園北側の木立。ここを散歩しました。

えっ! そういう展開!?2020/06/21 17:51

一昨日は一瞬、

修羅場を覚悟しました。

 

以前みた、

「ぼけますから、よろしくお願いします」

という映画でも、

最初にヘルパーさんがいらしたときに

かなりの抵抗があった様子が描かれていました。

お年寄りにとって、

「ひと様」のお世話になるのは、

よほど大変なことのようなのです。

 

一昨日の夕方は、

ヘルパーさんが来てくれて

2回目のシャワー浴でした。

1回目は担当者会議の時でしたから、

実質的には初めてのようなものです。

 

2時ごろ、RIONから帰ってきた母に、

3時からヘルパーさんがいらして

シャワーを浴びさせてくれるからね」

 というと、

 「とんでもない! お風呂なんか一人で入るわよ!」

 強い拒否の姿勢。

 

 喉元まで出かかった、

そんなことできっこないでしょう!

という言葉を、ぐっと飲み込みます。

 

困った…

これは大変なことになるな…

 

そして3時。

ヘルパーさんが来ました。

 

ドアが開くと、

「お帰りぃ~

 

ん?

なにか勘違いしている?

 

ヘルパーさんを、

妹だと思っている様子です。

 

それでも、

さすがに顔を見れば気づくだろう

と思ったのですが。

 

「疲れたでしょう。お帰り」

 

 

さすがヘルパーさん、

機転も利くし、演技派です。

「じゃあ、私と一緒にシャワーを浴びようよ♪」

なんて言ってくれて。

 

母は、

いそいそとシャワーを浴びました。

 

自分が終わると、

「あなた、頭も顔も、ちゃんとお洗い」

いつもの大阪弁で言っています。

母は大阪の出身なのです。

 

ヘルパーさんは、

「あ、ばれたかぁ。

お母さん先にちゃんとお洋服着ちゃって。

  そしたら洗うよ」

 と母に服を着させて部屋まで連れていき、

私が母にドライヤーをかけている間に着替えて、

タオルで頭をふきふき入ってきました。

「あ~いいお湯だった」

「ちゃんと入った?よかった」

母にっこり。

 

脱帽です。

 

それにしても…

 本当に、そんなことを思い込むものでしょうか。

 だって、ちっとも似ていないのです。

 いぶかしがっている私をよそに、

 「じゃあ、帰るね。また今度」

 と言うヘルパーさんの手を握り、

 母は

 「あらぁ、さみしいねぇ」

 なんて言っています。

 

 一緒に住んでいる妹が、

 どこかへ帰るはずなんかないのに。

 

夜、本物の妹が帰ってきて

「今日、シャワー浴びたんでしょ?」

というと、母は

「うん。昨日ね」

と澄ましていました。

今帰ってきたばかりの妹と

シャワーが浴びられるわけがないので

昨日のことにしたようです。

 

それでもやっぱり、

娘と一緒のお風呂が嬉しかったのでしょう。

そのあともずっとご機嫌でした。

 

認知症も、

時には粋なことをしてくれるものです。





わからなくなっていく恐怖2020/06/20 18:26

いろんなことが分からなくなっていくというのは、

どれほどの不安でしょうか。

時々、母の気持ちを想像してみます。

 

昨日も、可哀想なことがありました。

 

平日、

母は9時ごろから14時近くまで、

デイサービスRION

トレーニングしてもらってきます。

 

睡眠薬を飲まなかったので、

昨日は元気に参加できたようです。

前日とは全く様子が違ったと、

リオンさんがニコニコ報告してくれました。

 

そこまでは順調だったのですが。

 

ひと騒動があったのは、

帰ってきて小一時間たった頃でした。

 

私が、

早く母の部屋へいかなくちゃ、と思いながら

やりかけの仕事を片付けていると、

手を叩いて呼ぶ音がしました。

行ってみると。

 

「ここのことが、何もわからなくなった。

私、本当に馬鹿になってしまった…

どうしよう、怖い…」

 

母は、涙目になってプルプル震えています。

 

自分が今どこにいるのか、

わからなくて不安になったようです。

 

「大丈夫だよ…一緒にいるよ…

 そうやって、ちゃんと話してくれられているから、

 頭おかしくなんかないよ…」

 

手を握ったり背中をさすったりしていると、

しばらくして、だいぶ落ち着きました。

 

けれど。

「何か甘いものが食べたい」

と言いだしました。

 

不安になったとき

甘いものが欲しくなるのはわかります。

認知症によくないと言いますが、

そんなことも言っていられません。

 

でも。

持ってきたものをあっという間に平らげて、

いうのです。

「こんなの、すぐになくなった。

もっと、もっと、たくさん食べたい」

 

う~ん…。

 

言い方が、

なんかちょっとおかしいのです。

押しが強すぎて、

どこか、普通じゃない感じ。

 

認知症の方が、

食欲異常をおこして

ものすごく食べてしまったりなさることがある

という話はよく聞きます。

 

こんな感じなのかな…

 

不安で空いてしまった胸の穴を

食べ物で埋めようとしているような。

 

切ないね…

でも、食べるのは我慢しようね。

 

またまた、

ソルフェジオ音叉のCDが登場です。

不安な時にいいという音をかけてみました。

 

それが効いたのかどうかはわかりませんが、

案外すっと、

それ以上は言いつのらなくなりました。

 

部屋からパソコンを持ってきて

母の横で用事をし始めました。

「本が読みたい」というので

本棚から、母の大好きな

田辺聖子さんの本を持ってきたのですが、

古典の紹介本だったので

ちょっと難しかったようです。

ご愛用の「天眼鏡」こと虫メガネを片手に

「うーん。これは何と読むのかわからない」

などと言って苦労しています。

 

でも、

穏やかな時間が戻ってきました。

 

夫が夕飯を作ってくれている音がします。

妹も、もうすぐ帰ってくるでしょう。

 


              高尾山。樹々の間を抜けていく道。