2018年、ありがとうございました。2018/12/31 23:47

今年も、あと数分です。

いろんなことがありましたが、

自分についても、家族についても、周囲の方々を見ても、

全体として、これからどういう方向へ進んでいきたいのかを考え、そのための土台づくりをする一年だったように感じています。

自分についていえば、

迷走しかけて友人にアドバイスを求め、事なきを得たこともあれば、

情報集めのため(と自分では思っているのですが)あまり自分らしくないことに首を突っ込んで、家族が心配したこともあったようです。

いろんなものを見聞きして、

結局のところ何が起こったかというと、

そもそも自分がどういう人間であったのかに気づき、

自分らしくないことは頑張ってもあまりうまくできないこと、そして、案外、自分らしくあることを自分に許していなかったことに気づいて、

なんだ、無理をせずにそのままでいればいいんじゃないか

ということになりました。

 

仕事を通していろんなところへ出かけ、

素晴らしい方々と知り合えたことも印象に残っています。

憧れを覚えるような魅力的な先達の姿に触れ、年を取ることが怖くなくなったのも、大きな収穫でした。

 

まだブログに感想を書けていないものも多いのですが、

大きなインパクトを与えてくれた映画や本にも、いくつも出会いました。

いま思い起こしてみたら、それらのひとつひとつが、

まるで宝石のように、心の世界のそこかしこで輝いているように感じます。

なんと豊かな時間であったことでしょう…

 

もうすぐ、新しい年が始まります。

どんな年になるのでしょう。

新しいことを始めたく思っていて、大きな変化の年になりそうです。

「やりたいことは、やろう」

これが、そんな今年を過ごしていま思っていることです。

 

これまで、本当にありがとうございました。

今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。





[ボヘミアン・ラプソディ」をみました2018/12/19 22:06

噂の映画「ボヘミアン・ラプソディ」を、ついに見てきました。
映画館で予告ポスターを目にした瞬間、「絶対に観る!」と叫んでしまった映画です。前日にYoutubeでライブエイドの動画を観て素晴らしい声と長い脚にうっとりため息をつき、準備万端。CDの「Made in Heaven」を聴きながら涙したこともある私としては、泣く気満々でハンカチもティッシュも多めに用意して出かけました。

 

でも、映画の本編では特に泣くような気分にはなりませんでした(泣けばいいというものでもありませんが)。ぐっときたのが、最後に置かれていた実写です。ずしーんと重く響いて、単に「泣く」などというレベルの話ではなく、心の深いところに剛速球が投げ込まれたような。

 

帰ってきてから、飢餓感のようなものに突き動かされて、実写などでフレディの人生を振り返った動画やクイーンの記録映像をいくつも観ました。短い結婚のあと生涯の友となった女性(彼女との関わりについては、映画での描かれ方にかなりの違和感があります)も、彼の最期の時に寄り添った晩年の恋人も、本当に深い関わりを持った人だからこその面もちでコメントを述べていて、こんなに素敵な人々とこんなに深く心を通わせることができた彼は、短い命だったし孤独な時もあっただろうけれど、やはり幸せな最期だったのではないかな、と感じました。
もしかしたら彼は、聴衆の熱狂の中で足早に舞台を去るコンサートと同じやり方で、若い盛りに人生の幕を引くことを、初めから計画して生まれてきたのではないか…と思ってしまったほどです(遠くから見ている人間の、勝手なもの言いではありますが)。

 

私はクイーンにはあまり詳しくなくて、フレディ以外のメンバーについてはほとんどわかりません。実物そっくりだと聞いていたので、映画を観終わった時、やっぱり皆かっこいい人たちだったんだな、と思いました。メイキング動画によると、役者さんたちは本当に楽器を弾けるように練習を積んだそうで、たしかに迫力がありました。
 フレディを演じていた俳優さんも、できることはすべてやり遂げ、素晴らしい出来だったのだと思います。動き方やしゃべり方の癖を研究し尽くし、なりきって演じていたということで、確かに身のこなしも軽やかでバネがあり、ライブエイドの映像と比べても、どこでどう動いたかが見事に一緒でした。それはすごいことだと思います。メイキング動画で素顔で話している姿には、とても好感が持てました。

でも…
 映画の冒頭、あえて顔を映さずにシルエットや舞台へ向かう後ろ姿が映るのですが、見るなり心が「違う!こんなんじゃない!」と叫びます。「後ろ頭の形が違う!あのオーラがない!」などと、自分でも理不尽だと思いながら、つい思ってしまうのです。

結局全編にわたって、歯が出ていた(?)というフレディに似せるための不自然な付け歯への違和感とともに、どうしても、演じられたフレディが妙に子どもっぽく感じられて、素直に物語に入り込んで感情移入をすることができませんでした。

それはひょっとしたら役者さんのせいばかりではなく、脚本全体の、人間描写のせいもあったかもしれません。あとから思ったことですが、心理描写がありふれた感じで、随所に違和感がありました。フレディがソロ活動をしていた時期にからむ顛末の描かれ方もそうで、まだ生きている関係者たちへの遠慮があるためかと思ったら、映画の制作にメンバー自身が深く関わっていることを知って、ちょっと考え込んでしまいました。フレディの孤独の深さが、そんなところからも推し量れるような気がしたのです。彼らにとって、フレディという存在はまだ生々しく生きていて、客観視して映画にすることなどできるはずもなかった、ということなのかもしれません。それとも、そもそも一緒にいなかった場面は想像で描くしかなかった、そのためなのでしょうか。もしかすると、彼らにしてみれば「ずっと自分たちと一緒にいれば病気になどならずに済んだかもしれないのに」という思いもあったのかもしれない…と、勝手な想像まで膨らんでいます。

 あとから観た実写のインタビューで、最後のレコーディングについて述べていたメンバーの話には感動しました。

最期までミュージシャンとして生きようとした彼の姿と、ぎりぎりまでそのような濃密な日々を過ごすことができたこと、それを支えた仲間たちとの関わりが素晴らしく、

救われるような思いがしました。

 

文句ばかり並べ立てたような文章になってしまいましたが、本当は、観に行って良かったと思っています。あとから実写の映像を観ていろいろ考えるところもありましたし、実際のところ、映画館の、大画面と特別な音響効果のもとでクイーンと出会えたことは、ひょっとしたらその後の自分のあり方を変えてしまったかもしれないくらいの、大きな体験だったのです。




 ジャケットになったこの写真にはフレディの部分だけが切り取られていますが、
 元の写真には、左側に他のメンバーが映っていたようです。

とんでも勘違い3―子守唄にチャイコフスキー!?2018/10/20 15:11

先日、カメラマンのS氏にお招きいただいて、

セシオン杉並のチャリティ音楽会に行ってきました。

そこで聴いたチャイコフスキーのピアノ三重奏曲が、

それはそれは素晴らしかったのです。

長いのでなかなか演奏されない曲なのだそうですが、

このまま、いつまでも終わらないでほしいと思ったほど。

帰り道に、ふと思い出しました。

「そういえば、私の子守唄はチャイコフスキーだったんだっけ?」

 

と、いうわけで、今日のテーマは子守唄です。

自分が子どもの頃に遭遇した勘違いのお話の三つめ。

ようやく、初めに書こうとしていた内容に到達しました。

 

 

子守唄って、「お母さんと赤ちゃんとで完全に満たされている世界」を象徴するもののような感じがします。

この世界が、その後の人生のいろんな場面で、しっかりと人を支えてくれる力になる。

大切なものなんですよね。

お母さんは、赤ちゃんにとっては世界の全部といっても過言ではないほど。こどもの方は全身全霊で、文字通り全幅の信頼を寄せているわけですが、お母さん自身の方では、まだまだ若くてあまり経験も積んでいないのですから、

案外、自信のない状態でいたりします。

初めてのこどもであれば、自分自身が生まれて初めての大きな経験だらけの中で、まっさらな命に関わるなんていう責任重大なことをやらなければならないわけです。

当然、その道の大家、専門家のお話に耳を傾け、どうすればいいのかを学ぼうとします。

 

私の母もそうでした。

そして、ある大家のお話に触れました。

その方がおっしゃった言葉は

「お母さんが音痴な子守唄なんかを聞かせるから、

 こどもが音痴に育つのだ」。

自分は音痴だと思いこんでいる母は、

即座に子守唄を唄うことをやめました。

そして、夜、赤ちゃんを寝かしつける時に、

なんとクラシックの名曲を聴かせることにしたのです。

(このトホホなぶっ飛びぶり、他人とは思えません。

 あ、母娘って他人ではないのか…)

 

私のために選んだのは、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番。

妹の時には、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が選ばれました。

自分のときのことはともかく、妹のときのことは、もう5歳だったのではっきりと覚えています。

瞬間で眠りにつける日はいいのですが、うっかりすると、音楽が流れている間中、早く眠らなければとあせりながら調べに乗って心だけが踊り出し

…とても寝付けませんでした。

小学校に上がってからは、ラフマニノフのピアノコンチェルトもよくかかっていました。これもまたとてもロマンティックで、めちゃくちゃ興奮します。

曲が終わってからも、目が冴えてしばらくは寝付けないのです。

 

そういえば、神経過敏だったなぁ…

身体も弱かったし…

こどものころから体がカチコチだったよなぁ…

などと、

「ひょっとしたら影響しているかもしれないこと」は

いろいろ思いつきますが、

確証はありません。

どの曲も、今も大好きなことだけが救いです。

 

 

と、いうわけで。

「赤ちゃんには、お母さんの子守唄が一番ですよ!」と、

声を大にして言いたいです。




とんでも勘違い 2 ―哀愁のゾケサ2018/10/06 19:34

子どものころの勘違いについて、

一つ思い出したら次々と出てきてしまいました。

 

聞き間違いというか、子どものころの言い間違いは、

誰にでもいろいろあるのではないかと思います。

たとえば私の例をあげると、

「看護婦さん」が「かんごくさん」

「替わりばんこ」が「替わりブランコ」(ブランコの順番だったのですね)

「用意スタート」が「用意スカート」(スカートをひるがえして走りだす感じですね)

などというのはいかにも聞き間違いですが、妹の、

「被害妄想」が「ひがみ妄想」なんていうのは、けっこう本質をついていてすごいと思います。

 

ところで、小学生が必ず耳にする歌に、「蛍の光」があります。歌詞が難しいので、子どもの頃は意味がわからずに変な聞き方をしていた方が多いのではないかと思うのですが、妹の間違いが傑作でした。

「…開けてぞ 今朝は別れ行く」のところを、

「…開けて ゾケサは別れ行く」と聞いて、「ゾケサ」という生き物を想像していた、というのです。

この話を聞いたとき、大笑いしたのですが、

ふと気づくと、私の中にもちゃっかり「ゾケサ」が住みついていました。

妹のゾケサは佐渡おけさの編み傘をかぶったみたいなものだったらしいのですが、

(妹は小学校の低学年を新潟で過ごしています)

私のゾケサは、ムーミンをちょっと細長くしたような

(ヘムレンさんが根暗になったみたいな)生き物です。

 

少し前、近所に大規模商業施設ができて、このごろほぼ毎日、夕方になると蛍の光が聞こえてきます。

そのたびに私の心には、

寂しそうに振り返りながら去って行く

哀愁を帯びた「ゾケサ」の姿が浮かぶのです。







とんでも勘違い 1―のびをすると?2018/10/04 20:25

子どもの頃に経験した、小さな、でもとんでもない勘違いのことを書こうとしたら、

変なことまで思いだしてしまいました。

こちらを先に書いてしまいます。

 

私は、小学生の時に「のび」をすることをやめました。

きっかけは、

ある全校集会の時に他所からいらした偉い先生が、

「さあみんな、思いっきりのびをしましょう!

 のびをすると背が伸びるんだよ!」

とおっしゃったことです。

その時、小学生(低学年)だった私は思いました。

「のびをする時に伸ばすのは上半身だな。

 それで背が伸びたら、きっと胴長になってしまうな!」

母から「あなたはお父さんに似て胴長ね」

と言われていたことが、気になっていたのです。

 

今思えばあまりにも馬鹿げているのですが、

本人は必死です。

普通ならいつの間にか忘れてしまうでしょうし、少し考えてみればわかりそうなものですが、

なにしろ、一度思いこむと問答無用で徹底する性格です。結局かなりの年齢まで、気持ちよくのびをすることを自分に禁じたまま成長しました。

どうしてものびがしたくなった時は、縦に伸びないように手を左右に伸ばす工夫をしたりまでして

(涙ぐましくも、あまりにも間抜けな努力!)。

ちょっと、

ちびまるこちゃんの世界みたいな気もしますが…

 

とんだ勘違いでした。

小さな思い違いではあるのですが、

この代償は、結構大きいのではないかと思っています。

やれやれです。