映画「ジョーカー」をみてきました2019/12/26 14:58

先月、「ジョーカー」という映画を観てきました。

バットマンシリーズの一つだそうで、その手の映画をほとんどみない私にしては、大変珍しいことです。

きっかけは、妹から聞いた話でした。

非正規雇用で働いている知り合いがこの映画をみて、

「このままでは自分もジョーカーみたいになってしまう。もう、なっているのかもしれない」

と言って、新しい働き方を求めて退職したそうなのです。

夫も「人によって解釈が違うらしい」というので話が盛り上がり、見てこようということになりました。

私としては、単純に、外出して気晴らしがしたい気分だったのです。

で、気晴らしになったのかというと・・・

うーん。どうなのでしょう。

 

主人公はもちろん、初めはまったく暴力的でない人です。

軽い精神的な病と学習障害を抱え、叶わぬ夢を追いながら、お母さんの世話をしつつ懸命に働いていたのに、

福祉の支援も打ち切られ、これでもかというほど次々につらい出来事や不運なことが起こって…

確かに、すさまじい閉塞感でした。

そこに風穴を開けたのが、人を殺すことだった、というわけです。

 

それにしても。

人の善意や優しさが、ほとんど出てこない映画です。

登場人物は、社会的に恵まれているいないに関わらずほとんどの人が、心が貧しくささくれ立っていて、

前述の、今の日本で非正規雇用で働いている人の言葉が、通奏低音のように心に響き、ボディブローのように効いてきます。

 

私の中で個人的にポイントが高かったのは、随所に挿入される主人公の踊りでした。主人公が、気分が高揚すると軽やかにステップを踏むのです。

犯罪を楽しむジョーカーの精神を表現しているシーンだったりもするのでしょうから、本当は不気味さを強めるのに一役買うところなのかもしれませんが、苦手な種類の映画をみるために身構えていた私は、彼が踊りだすと、内容に関わりなくちょっと救われるというか、その動きで一息つくことができました(少なくとも、本人はゴキゲンなわけだし)。

私にとって「俳優さんの身のこなしの美しさ」は、

映画などを観る時に大切な要素です。

あるいは、踊りのおかげで「これは映画だ」と距離を置いて観ることができた、ということもあるのかもしれません(そういえばこの映画に、貧しい人々の苦しみも知らず、富裕層の人々がチャップリンのモダンタイムスを観て笑っているシーンがありました)。

 

後で調べたところ、代々、いろんな方がジョーカーを演じてきているようです。筋金入りの悪を演じる(つまり、なりきる)ことには精神的にかなりの負担が伴うようで、

俳優さんってやっぱりすごいことをやっているんだな、と思いました。

 



             映画館に貼ってあったポスターです。