とんでも勘違い3―子守唄にチャイコフスキー!?2018/10/20 15:11

先日、カメラマンのS氏にお招きいただいて、

セシオン杉並のチャリティ音楽会に行ってきました。

そこで聴いたチャイコフスキーのピアノ三重奏曲が、

それはそれは素晴らしかったのです。

長いのでなかなか演奏されない曲なのだそうですが、

このまま、いつまでも終わらないでほしいと思ったほど。

帰り道に、ふと思い出しました。

「そういえば、私の子守唄はチャイコフスキーだったんだっけ?」

 

と、いうわけで、今日のテーマは子守唄です。

自分が子どもの頃に遭遇した勘違いのお話の三つめ。

ようやく、初めに書こうとしていた内容に到達しました。

 

 

子守唄って、「お母さんと赤ちゃんとで完全に満たされている世界」を象徴するもののような感じがします。

この世界が、その後の人生のいろんな場面で、しっかりと人を支えてくれる力になる。

大切なものなんですよね。

お母さんは、赤ちゃんにとっては世界の全部といっても過言ではないほど。こどもの方は全身全霊で、文字通り全幅の信頼を寄せているわけですが、お母さん自身の方では、まだまだ若くてあまり経験も積んでいないのですから、

案外、自信のない状態でいたりします。

初めてのこどもであれば、自分自身が生まれて初めての大きな経験だらけの中で、まっさらな命に関わるなんていう責任重大なことをやらなければならないわけです。

当然、その道の大家、専門家のお話に耳を傾け、どうすればいいのかを学ぼうとします。

 

私の母もそうでした。

そして、ある大家のお話に触れました。

その方がおっしゃった言葉は

「お母さんが音痴な子守唄なんかを聞かせるから、

 こどもが音痴に育つのだ」。

自分は音痴だと思いこんでいる母は、

即座に子守唄を唄うことをやめました。

そして、夜、赤ちゃんを寝かしつける時に、

なんとクラシックの名曲を聴かせることにしたのです。

(このトホホなぶっ飛びぶり、他人とは思えません。

 あ、母娘って他人ではないのか…)

 

私のために選んだのは、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番。

妹の時には、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が選ばれました。

自分のときのことはともかく、妹のときのことは、もう5歳だったのではっきりと覚えています。

瞬間で眠りにつける日はいいのですが、うっかりすると、音楽が流れている間中、早く眠らなければとあせりながら調べに乗って心だけが踊り出し

…とても寝付けませんでした。

小学校に上がってからは、ラフマニノフのピアノコンチェルトもよくかかっていました。これもまたとてもロマンティックで、めちゃくちゃ興奮します。

曲が終わってからも、目が冴えてしばらくは寝付けないのです。

 

そういえば、神経過敏だったなぁ…

身体も弱かったし…

こどものころから体がカチコチだったよなぁ…

などと、

「ひょっとしたら影響しているかもしれないこと」は

いろいろ思いつきますが、

確証はありません。

どの曲も、今も大好きなことだけが救いです。

 

 

と、いうわけで。

「赤ちゃんには、お母さんの子守唄が一番ですよ!」と、

声を大にして言いたいです。