2018年 あけましておめでとうございます2018/01/04 12:21

あけましておめでとうございます

みなさま、どのような新年をお迎えでしょうか。

                  

高尾はが日とも気持ちよく晴れ、

穏やかな年明けでした。

個人的に、昨年の暮れからの流れでちょっといろいろ思うところがあったので、

その穏やかさがありがたく身に染みました。

 

時系列で書くと、

自分(梓)が、12月中旬に罹患したインフルエンザの後、

思いのほか長く寝込んでいました。

 

以前にも、なかなか熱が下がらずにずいぶん寝こんだことはありましたが、

今回は、順調に熱が下がってもう平熱なのに、

なぜか起きあがるとふらふらしたり吐き気がしたり

という日が続き、

楽しみにしていた、自主学校「遊」の発表会も

お餅つきも忘年会も全部行けなくなるという、

かなり残念な年の暮れでした。

 

でも、寝ていることは本来大好きで、

よくこれだけぼーっとしていられると

自分でも呆れるくらい、贅沢な時間を過ごしました。

高齢の母にインフルエンザをうつさないために、

食事も3食ベッドへ運んでもらってのお姫様状態。

家事を全部引き受けてもらってのんびりとただただ眠り、

感染症なのに、気にもせず(?)世話をしてくれる家族に、ひたすら感謝の日々でした。

 

 

もう一つは、大みそかの出来事です。

母が、お風呂上りにつまずいて、バスルームの扉に倒れこんだのです。

本当に幸いなことに、

扉がガラスでなくアクリル板でできていたため、割れながらもふわりと受け止めてもらって完全には転ばずに済み、

どこにも怪我がなくて、事無きを得ました。

 

みんな一瞬は驚いたものの、怪我がないとわかるとすぐに落ち着いて、

着替えの手伝いなど、母のフォローを妹がしてくれ、

夫と私は扉の補修、娘は引き続き新年の用意と、

家族の見事な連係プレーで、まるで何事もなかったかのように、穏やかに年を越すことができました。(娘は、いつまでも心臓のドキドキが収まらなかったそうですが)

母は、その後も楽しく紅白などを観て、

年が変わるとにこにこ新年の挨拶をしていたので、

本当によかったと思いました。

 

 

親友と恩師お二方を亡くして呆然としたのは、

もう3年前。

昨年、大切なご家族を亡くされた友人も多かったようです。

 

死は、本来悲しいことではなく、

その人が見事に生き切ってゴールを迎えた、

すごろくの「上がり」のようなもの、ととらえています。

でも、やはり別れは寂しいもの。

そこまでの日々をどう生きるのか、

来し方行く末を考えた年末年始でした。

 

 

年が改まってまだ3日ですが、穏やかな日々が続いています。

何やら、心躍る計画もあるような…

ともあれ、穏やかな、楽しい1年であってほしいと

心から願っています。

                   

今年もよろしくお願い申し上げます。

 

 



遊のこどもたちから手描きの年賀状が届いて、嬉しくてすっかり元気になりました。

さくら祭りに参加します2018/01/24 21:15

国分寺に住んでいた頃、稽古で、

公民館や地域センターによくお世話になっていました。

その中の一つ、もとまち地域センターには、

天使館の卒業生が集まる稽古で、いまでもときどきお世話になっています。

 

そのセンターは、

毎年3月末の日曜日にお祭りをやります。

毎回、ここを利用している仲間たちが「オイリュトミー」としてグループ参加して、地域のみなさまにも楽しみにしていただいているようです。

3年前のこのお祭りで、

いま公演を共催しているピアニストご夫妻に初めて私たちのオイリュトミーを観ていただいた、

思い出の場でもあります。

昨年と一昨年は公演直前で参加できませんでしたが、

今年は久しぶりに、仲間に入れてもらうことにしました。

 

演目は、いまから7年前の201133日に、

夫と二人で初めて主催した公演「空と大地のであうところ」で初演した、懐かしい曲の再演です。

「いろんなことがあった上での、いま」という雰囲気を持った、大人っぽい曲ですから、

久しぶりに動くことで、いまの自分たちがどのように顕れるか、かなり興味があります。

そして、これが、

いろいろなことのあったこの7年を締めくくり、

新しい世界へ歩き出す扉になりそうな予感もあって、

ちょっとわくわくしてもいるのです。

 

          さくらまつりにて。ずいぶん前の写真です。