映画「小さき声のカノン」をみて2015/03/16 21:13


ひと月近くもご無沙汰してしまいました。

その間、実にいろいろなことがありました。

個人的に、かなり大きな出来事もありましたので、

もしかしたら、おいおいご報告するかもしれません。

今日は、一昨日みてきた映画のお話をします。

 

 

「小さき声のカノン」は、

原発事故後、福島の二本松で暮らしながら、こどもたちを被ばくから守ろうと活動しているお母さんたちを撮ったドキュメンタリー映画で、ベラルーシでの、現在まで続く取り組みも紹介しています。

 

鎌仲ひとみ監督の映画は、3.11の震災後、

「ミツバチの羽音と地球の回転」をみたのが初めてでした。私は首都圏の多摩地区に住んでいますが、とんでもない事故に驚き、逃げるのか、とどまるのか、日々葛藤し、

情報を集めていたころのことです。

 

本当は逃げたいと思ったのですが、

いろいろな要因があり、私は結局、逃げる選択ができませんでした。

もう、ここにいると覚悟を決めよう、と思ったものの、

実は今でも心が揺れ動きます。

こんなに離れたところでもそうなのですから、

福島に住んで、こどもを育てているお母さんたちの葛藤は

どれほど大きいことでしょう。

 

 

映画に登場していたのは、

迷いながら、とにかく今できることを精一杯やっている、

ごく普通の、まっとうな感覚を持った人々でした。

状況が異常なとき、そこでまっとうに生きるには、

ものすごいエネルギーが必要です。

 

たとえば、お母さんたちが草刈りを終えて、

「ハハレンジャー任務完了!」とにっこりしている姿。

そこだけを取り出せば、

どこにでもありそうな微笑ましい光景です。

でも、彼女たちが終えたその「草刈り」は、

こどもたちの通学路を自主的に測ってみつけた、

驚くような高濃度汚染の地点で、

少しでも線量を低くするために

草を抜き、土を掘る作業なのです。

 

にこにこ頑張っているお母さんたちですが、

特別な人たちではありません。

ものすごいストレスにさらされているのですから、

ちょっとつつけばすぐに泣き出してしまう、

私たちとおんなじ、

「ほんとうは弱虫」のお母さんだったりもします。

それでも、

私たちは生きなくてはならないし、

こどもを育てなくてはなりません。

だからお母さんたちは、

誰から何と言われようと、

にこにこ頑張らなくてはならないのです。

それは、あまりにも辛い現実であり、同時に、

人間というものへの希望でもあります。

 

 

以前とはまったく変わってしまった「いま」の暮らしを

どう生きていくのか

映画の問いかけは、「どこかの誰か」の問題ではなく

あの日からずっと自分に問いかけ続けている、

まったく私自身のものでした。

 

 

 

「小さき声のカノン」は、

いまは、福島と渋谷で同時公開されています。

各地で順次公開されるそうですので、ぜひご覧ください。

都内では、44日まで渋谷のイメージフォーラムでみられる予定だそうです。

監督と多彩なゲストによるトークショーも、頻繁に行われるようです。

 

みんなの小さい声が、かき消されてしまわないように、

たくさんたくさん重なって、美しいカノンになるように、

私も、

諦めずに自分のパートを歌っていきたいと思います。




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