フラニーとズーイ2014/08/09 17:10

夜、寝る前に本を読むのが習慣になっています。

やらなければならないことをすべて終えてベッドにもぐりこみ、本に手を伸ばす瞬間は、

ほっとする気分とわくわくする気分とがないまぜになって

まさに至福の時です。

 

すぐ眠くなってしまうこともあるけれど、

少しずつをじっくり味わうという、

昼間だとなかなかできない読み方も、

かなり気に入っています。

(面白すぎて眠れなくなることも、たまにありますが)

 

去年はもっぱらシュタイナーの基本文献を読み返していましたが、このところ、読んでいるのは小説です。

とても幸せなことに、

たてつづけに素晴らしい本と出会うことができています。

 

まず、サリンジャーの「フラニーとズーイ」。

ご存知の方には「ズーイ」で分かる通り、村上春樹訳です。

前半の「フラニー」を読んでいる間は、

数年前にやはり村上訳で再読した「The Catcher in the Rye」を思い出したりもしました。なんだか、よく知っているような気もする主人公です。

そして「ズーイ」。

ほとんどズーイに恋してしまって、何度か読み返しました。(短いのですぐに終わってしまいます)

「太ったおばさんのために靴を磨け」は、いまや座右の銘です。

 

それにしても。

ズーイが、こどものころから食事の前に必ず唱えてきたという「四つの偉大な誓願」が、法事などで親しんでいる「延命十句観音経」だということを、娘に指摘されて驚きました。

英語に訳され(たものがまた日本語に訳され)ると、

まったく違うもののように感じられます。

そんなものすごい誓いの言葉を、

ぼやぼやと唱えていたのか!

 

…というより、私の勝手な解釈が甘かったということでしょうか。

たとえば、煩悩無尽誓願断 って、

「煩悩ってきりがないですからね、ちょっとずつ断っていきたいと願っていますよ」ぐらいに捉えていました。

でも、「誓願断」というのは、

「断つことを誓願します」ということなんですね。

「煩悩がどんなに無尽蔵にあっても、断つことを誓います!」

なんて、とても言えません。

今度から、法事の時に困ってしまうかも…

と焦ったのですが、

もう一度「ズーイ」のその部分を読み返すと、

サリンジャー&村上訳は素敵でした。

「いかに無尽蔵に情念が存在しようと、それらを消滅させることを誓います」

なんだか、

これならひょっとしたらできそうな気がします。

おかしなものですね。

 

(あ、やはり「誓願」は、「そのことをこいねがうことを誓います」くらいの意味でしょうか…? それならできる! …かな?)

 




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