9月のワークショップが終了しました2011/09/26 00:00

9月23日のオイリュトミー・ワークショップは
お陰様で無事終了しました。
ご参加いただいた方、関係者の方、ありがとうございました。

今回、初参加の方がいらっしゃいました。
長いお付き合いになると嬉しいと思っています。

次回は10月29日(土)の夜になります。
詳しい情報は、下記をご覧ください。

https://sites.google.com/site/aiueurythmie/

ジョン・レノン,ニューヨーク2011/09/26 12:09

行輝です。
以前から観たいと思っていた映画、「ジョン・レノン,ニューヨ-ク」を観てきました。
ジョン・レノンは言わすと知れたスーパースターですが、
平和運動、それにともなうアメリカからの国外退去命令に対する裁判、
オノ・ヨーコとの離別と和解、
そして、子供を授かった時からは一人の主夫としての暮らしなど、
ニューヨークを舞台として、激しく時代を生き抜いたジョンの姿が感動的な映画でした。
未公開の映像や音源などもたくさん使われていて、
長年のファンである家内も、初めて触れるものが多かったようです。
息子ショーンと接するジョンの姿をみたら、
堪えていた涙が止まらなってしまいました。

40歳の若さで凶弾に倒れ、帰らぬ人となったジョンですが、
この映画を観て、彼は最期まで自分自分を生き切ったのだと実感しました。

映画の帰り、何とも名づけようのない感情がうずまいてどうしようもなく
沈めようとカフェでコーヒーを飲んでいると、
ふと、谷川俊太郎さんの「なみだうた」という詩の一節が浮かんできました。

  悲しみとか寂しさとか喜びとか哀れとか
  人は感情をさまざまに名づけるけれど
  言葉で呼んでしまってはいけない感情もある
  こころとからだから溢れてくるというより
  自分が隠れて大きな流れにひたされているような気持ち・・・
  そんなときぼくは知るのだ
  涙の源は人が思い及ばぬほどはるか遠くにあるということを

「カラマーゾフの兄弟」再び2011/09/29 11:31

 行輝です。

30年ぶりに、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」(亀山郁夫訳 光文社文庫)を読んでいます。

はじめてこの物語を読んだのは、大学生になってすぐの頃。岩波文庫から出ていた、米川正夫さん訳のものでした。

その頃は西荻窪に下宿していて、大学のある早稲田まで中央線と東西線を乗り継いで通っていました。通学の電車の中でもずーっとこの本を読んでいたことを、当時の空気感と共に思い出しました。

食事、風呂、寝る時意外は常に読み続け、一種、中毒といってもいい状態でした。

「カラマーゾフの兄弟」を読み終えた後は、「悪霊」、「白痴」、「罪と罰」と読み進め、結局、河出書房の全集を買いました(今は手元にありませんが)。

 

以前、仕事で染色家の志村ふくみさんを取材させていただいた時、何かのきっかけで、「カラマーゾフの兄弟」の話になりました。

志村さんは何回も読み返していられるそうで、その時もちょうど「今、読んでいるのですよ」とおっしゃって、「読む度ごとに、新しい感動があります」と語っていらっしゃいました。

 

ドストエフスキーの書くものには、圧倒的な力の流れというか、うねりのようなものがあります。人間のもつ業のようなものを、透徹した目で見つめ、私たちの眼前におし広げて見せてくれます。

人間の醜悪さ、気高さ。強さ、弱さ。愛も憎悪も。

純粋な心も、薄よごれた情念も。

人間の中にある感情や気質、思い、思想などを、

まるで自分の姿が鏡に映っているかのように描きだされる感じがします。

 

読んでいると、

そんなにまでして、人間は生きていくのだ、生き抜いて、そして、死んでいくのだ、という畏怖のような思いが湧いてくる時があります。

おそらく、彼の作品は、人間への歌でもあり、歌でもあるのでしょう。

それぞれの人の「私」という存在を鏡に映し続ける、長い物語なのかもしれません。

 

まだ、読み始めたばかり。

今度は、大切に、ゆっくり読み進めてみようと思っています。